強くなりたい

強くなりたい、という願望、と申しますか、欲求、と、申しますか・・・こういった気持、感情は、やはり、女性よりは、男性の方が、より強く持ちたがるのでは・・・、などと書くと、ジェンダーフリーの近頃では、叱られるような場合もあるのかな、と、慮ってしまいますよね。・・・しかし、日常生活で、実際に、暴力を振るう、とか暴力を振るわれる、といった状況にはならずに済みたいものです。しかし、この人生、どんな状況に遭遇し、どんな場面で、どのような選択を迫られる羽目に陥るかは、判りません。いざというときのために、護身術の心得を・・・というような発想で、空手教室を訪れる方、というのも、実際には、かなりいらっしゃるようです。私のイメージですと、護身術としては、柔道かな、というようになるのですが・・・空手を思い浮かべる方もかなりいらっしゃるようで、で、あれば、空手教室へ通おう、とか、自分の子供を空手教室に通わせよう、と、いうふうに考えるような方も、少なからずいらっしゃるようですね。空手というのは、ご存知のように、当て身技中心の格闘技ですが、空手の技の中にも、関節技の範疇に入るようなものもある、と聞いたことがあります。護身術としては、当て身技のみではなく、関節技もあれば、また、教室において、そういうことも習うことが出来るのであれば、それは、心強いですよね。しかし、日常生活の中で、空手教室で習った技を使うようなことのないように、そういう場面に出くわさないように、と、祈るばかりですね。

格闘のためではない 2

“武道の効用、ということを考えるのであれば、私のように格闘のときに・・・ということばかりを考えている人間を、空手教室に集客することは、どうかな、ということになるかもしれませんね。実際の生活の中で、格闘の場面、なんていうことは、起きない方がいいに決まっています。で、あれば、いざというときのための護身術、と考えて、それこそ、空手教室で、打撃技を習得する、ということはあってもいいでしょう。そういうニーズを満たそうとして空手教室にやって来る人間を集客する、ということもあるでしょう。また、武道の効用として、心身の鍛練、ということをやりたくて、空手教室にやって来る人間を集客する、という考え方も、大いにあるでしょう。実は、この、心身の鍛練、ということに、空手教室は、向いているのかもしれません。ほら、昔から、寒稽古、とか、滝に打たれて修業をする、とかのイメージは、空手教室のものだったですよね。格闘のための空手教室ではなく、心身の鍛練のための空手教室・・・。” ということで、空手教室を含めた、武道系の教室一般、ということで、その効用について、あれこれ、と、書いて見ました。空手教室についてもそうですが、私は、武道系の教室に通うときは、車を使わずに、出来るだけ、歩きます。空手教室が、私の自宅から、歩いて通える距離にある、ということもあるのですが・・・これも、鍛練の一環だ、と思っております。いっそ、車を売る・・・というところまでいければ、と思うのですが・・・。

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格闘のためではない

“少林寺拳法の教室であるなら、関節技も教えることがある、と、聞いたことがあります。空手教室の場合も、いざというときに逆関節技を使ったり、固め技を使ったり、というようなときのために、あらかじめ、教室で、そういうことを教えているのではないかと思うのですが如何でしょうか? 私が空手教室に通うのなら、打撃技はもちろん、関節技も習得したい、と、必ず考えるでしょう。そんな、私のような方が、他にもいらっしゃるのではないかな、と、思えるのです。” 武道の効用、ということを考えるのであれば、私のように格闘のときに・・・ということばかりを考えている人間を、空手教室に集客することは、どうかな、ということになるかもしれませんね。実際の生活の中で、格闘の場面、なんていうことは、起きない方がいいに決まっています。で、あれば、いざというときのための護身術、と考えて、それこそ、空手教室で、打撃技を習得する、ということはあってもいいでしょう。そういうニーズを満たそうとして空手教室にやって来る人間を集客する、ということもあるでしょう。また、武道の効用として、心身の鍛練、ということをやりたくて、空手教室にやって来る人間を集客する、という考え方も、大いにあるでしょう。実は、この、心身の鍛練、ということに、空手教室は、向いているのかもしれません。ほら、昔から、寒稽古、とか、滝に打たれて修業をする、とかのイメージは、空手教室のものだったですよね。
格闘のための空手教室ではなく、心身の鍛練のための空手教室・・・いいじゃないですか!

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空手教室で習うこと 2

“空手家(空手教室出身者)とプロレスラーとの異種格闘技戦を引き合いに出すまでもなく、およそ、人間同士の格闘、ということになれば、打撃技だけで決着がつくとは考えにくいのでは、と、私は思うのです。一撃必殺、という言い方がありますが、身構えてアドレナリンを出しまくっている相手に対しては、余程踏み込んで、急所を捉えない限り、打撃技だけでKO、というのは、難しいかと思います。空手教室では、打撃で相手にダメージを与えた後のことを想定して教えている部分があるのでしょうか?” ここで、空手教室へ通って来る人たちは、いったい、空手教室で、何を習いたい、と考えているのか、ということについて、再度考えてみてもいいかもしれません。空手教室で、打撃技の練習をして、相当な威力の打撃技を身につけたとしても、格闘であるなら、格闘を終わらせるような、関節技や、固め技を知らないでは、格闘家としてはどうか、ということにはならないでしょうか? 少林寺拳法の教室であるなら、関節技も教えることがある、と、聞いたことがあります。空手教室の場合も、いざというときに逆関節技を使ったり、固め技を使ったり、というようなときのために、あらかじめ、教室で、そういうことを教えているのではないかと思うのですが如何でしょうか? 私が空手教室に通うのなら、打撃技はもちろん、関節技も習得したい、と、必ず考えるでしょう。そんな、私のような方が、他にもいらっしゃるのではないかな、と、思えるのです。

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空手教室で習うこと

“プロレスラーが使うレスリング技を食らう空手家(空手教室出身者)に、防御のための有効な方法は残されているか? それとも、空手家(空手教室出身者)には、固め技や関節技が全く効かない、というようなことがあるだろうか? いろんな場面を想像し、実際の、異種格闘技戦(空手教室出身者対プロレスラー)に見入ったわけです。その異種格闘技戦は、空手家(空手教室出身者)は、プロレスラーの関節技にギブアップをしてしまいました。” この、空手家(空手教室出身者)と、プロレスラーとの異種格闘技戦の一部始終をテレビで観ていて、私は、素朴な疑問を抱いたものでした。”空手家(空手教室出身者)は、空手教室で、関節技、とかは習わないのかな?“ といったものでした。考えてみれば、空手の技は、基本的には、当て身技です。拳(こぶし)や手刀や肘や膝、脛や足など、身体の部分を使って相手に打撃を与えることが、空手の基本ですし、空手教室では、そういうこと、所謂当て身技を磨くことを教えるのでしょう。空手教室で、関節技を教えている、というようなことは、私は、寡聞にして聞いたことがありません。が、しかし・・・先ほどの、空手家(空手教室出身者)とプロレスラーとの異種格闘技戦を引き合いに出すまでもなく、およそ、人間同士の格闘、ということになれば、打撃技だけで決着がつくとは考えにくいのでは、と、私は思うのです。一撃必殺、という言い方がありますが、身構えてアドレナリンを出しまくっている相手に対しては、余程踏み込んで、急所を捉えない限り、打撃技だけでKO、というのは、難しいかと思います。空手教室では、打撃で相手にダメージを与えた後のことを想定して教えている部分があるのでしょうか?

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腕に覚え 2

“空手家の空手技には鋭さが見られますが、試合における駆け引きというものについては、空手教室で教わろうとしても、教室の中では教わりきれないものであるのかも知れませんね。空手家同士の試合でも、駆け引き、というものはあるのでしょうが、空手家(空手教室出身者)とプロレスラーとの、異種格闘技戦、ということになれば・・・。いろんな駆け引きが、実際の試合が始まるまでにも種々ありそうで、そういったことを想像するだけでも、わくわくして参ります。” 空手家は、空手教室で、どんな技を、どんなふうに教わり、鍛練して、空手の腕を磨くのか? プロレスラーはどうか? そして、プロレスの技の中にも、空手家(空手教室出身者)が使うような空手技をルーツとしている技がいろいろありますが、空手教室で空手の修業をしてきた空手家と、プロレスラーとして、空手技をルーツとしたプロレス技を修練してきたプロレスラーとでは、手刀の使い方が違うのではないか? 威力に差はあるのか? など、見所はたくさんありそうです。更には、プロレスラーが使うレスリング技を食らう空手家(空手教室出身者)に、防御のための有効な方法は残されているか? それとも、空手家(空手教室出身者)には、固め技や関節技が全く効かない、というようなことがあるだろうか? いろんな場面を想像し、実際の、異種格闘技戦(空手教室出身者対プロレスラー)に見入ったわけです。その異種格闘技戦は、空手家(空手教室出身者)は、プロレスラーの関節技にギブアップをしてしまいました。

腕に覚え

ここのところ、また、いろんな武道や格闘技の道場や教室出身者による、腕比べ、と申しますか、異種格闘技戦、と申しますか…、が、盛んになって来ているようです。その昔、あるプロレスラーが、空手教室というか、空手道出身者と異種格闘技戦を行っていたのを、テレビ中継で見たことがあります。プロレスラーも、空手家(空手教室出身者?)も、どちらも2メートルを超えるような大男で、リングに立って向かい合うだけで迫力満点でした。空手家(空手道出身者)は、長い棒きれのような手足を振り回して、空手技を連発し、プロレスラーを追い込みます。プロレスラーも、長い腕で防御の姿勢を取りながら、空手家(空手教室出身者)の空手技、回し蹴りや前蹴り、手刀や突きを巧みに避けて、いいポジションを確保しようとします。その辺りの駆け引きが、プロレスラーの方は百戦錬磨、という感じがして、頼もしく感じられるのですが、空手家(空手教室出身者)の方は、まだ若く、まだまだこれから、という感がありました。空手家の空手技には鋭さが見られますが、試合における駆け引きというものについては、空手教室で教わろうとしても、教室の中では教わりきれないものであるのかも知れませんね。空手家同士の試合でも、駆け引き、というものはあるのでしょうが、空手家(空手教室出身者)とプロレスラーとの、異種格闘技戦、ということになれば・・・。いろんな駆け引きが、実際の試合が始まるまでにも種々ありそうで、そういったことを想像するだけでも、わくわくして参ります。

主宰者の話

この空手教室の主宰者で、経営者で、師範でもあるKさんは、身長185センチを超える大男です。前の記事で出てきた、元プロレスラーで空手教室出身者と並んでも、全く見劣りしないくらいの体格で、迫力があります。顔つきは優しくって、口辺に微笑みを絶やしません。相手の目をまっすぐに見て話します。
師範の空手歴は長くて、子供の頃から空手教室に通っていたそうです。学生時代に相撲や柔道に親しんだこともあったそうです。教室を開いた動機は・・・

“子供たちに、喧嘩をさせないこと”

だと話します。人間である以上、時に、暴力への衝動が起こることもあるけれど、そういった衝動を自身でコントロールすることができなければ、社会生活を営むのに支障が出る。衝動のコントロールの方法を学ぶのも、武道に親しむ目的で、そういった目的を達成するために、空手教室を開いている、のだそうです。

“結局のところ、空手が好きなんですよ。教室を開いて、子供たちを教えているのも、私の性分に合っているような気がします。好きなことが仕事になって、私は恵まれています”

謙虚な話しぶりに、ついつい引き込まれてしまいそうになりますが、教室で、門下生相手に、組み手をしているときの師範の顔は、とても怖いです。あんなに大きな身体から繰り出される回し蹴りは、目に留まらないくらいに速くて、迫力満点です。
あんなのを喰らったら・・・
やはり、私などは、教室に入門しようなどとは考えずに、観戦するだけにしておいた方がいいようです(笑)。

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空手教室で教えたいこと 2

なんだか、うまく言い包められたような気がします。

“誰にも負けない、というところまで、稽古で教えてあげるから、それまで・・・負ける可能性のある間は、誰とも喧嘩しない。これが守れたら、空手教室への入門を許可します”

で、空手教室で、誰にも負けないくらいに強くなったら、外で喧嘩する必要もない。誰にも負けなくなったら、それでもう、決して喧嘩しないこと、ということですから。喧嘩ばかりしていた少年は、空手教室に入門して以降、喧嘩はしない、出来ないことになるのです(笑)

実際、この少年は、空手教室に入門して以来、もう10年以上、喧嘩はしていないそうです。現在、空手教室の師範代になっているそうです。“誰にも負けない”域に達して、喧嘩をする必要も無くなった、ということになるんですね。
で、嘗ての自分と同じような動機で教室に入門してくる子供に対して、自分が、師範と交わしたような約束を交わして、教室への入門を許可しているのだそうです。
この空手教室は、あまり宣伝などをしていないようです。集客、ということには、それほど熱心ではないのですね。・・・しかし、現在、延べで100人ほどの門下生が居て、それぞれ、週2回程度、稽古に汗を流しているようです。で、なかには、“元”乱暴者、もいるようで・・・教室で空手を習い始めて、顔つきまで変わった、と、自分で言っています。鏡なんかは、よく見るんですかね(微笑)。
格闘技が大好きだけれど、専ら観戦者である私も、なんだか、教室に入門して、稽古に汗を流してみたくなる・・・そんな雰囲気の、空手教室なんです。

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空手教室で教えたいこと

喧嘩をしないで済むようになること・・・喧嘩っ早くてどうしようもない少年が、空手教室に入門してきたときに、こんな目標を立てさせられたことがあったそうです。空手教室の先生が、その子が教室に入門する動機を尋ねて・・・

“喧嘩が強くなりたい。誰にも負けないように、空手を覚えたい”

という答えが返ってきたときに、すぐに、“空手は喧嘩の道具じゃない”というふうに怒鳴り返したり、入門を拒否したりはしなかったそうです。
彼の話をよく聞いて、なるほど、と頷き、そして、こういうふうに返したそうです。

“どうして、喧嘩に強くなりたいの?”

少年は、こう返します。“負けると悔しいから”
いままで、負けることも多くあったそうです。実は、この少年は、喧嘩が好きなのではなかったのですね。負けることが悔しいというよりも、負けることが怖かったのです。恐怖から逃れるためには、勝つことしかなかったのですね。少年にとっては・・・。

”じゃあ、空手教室で空手の練習をして、強くなったら、もう、負けないと思うんだね? 喧嘩に?“

少年は、わが意を得たり、とばかりに目を輝かせます。

“だったら、一生懸命稽古をして、強くなりなさい。教室で、先生も、一生懸命教えてあげる。そして、強くなったら、誰にも負けないから、喧嘩なんかする必要がなくなるね?”

“それはそうだけれど・・・試してみないとわからない。負けないかどうかは・・・”

“誰にも負けない、というところまで、稽古で教えてあげるから、それまで・・・負ける可能性のある間は、誰とも喧嘩しない。これが守れたら、空手教室への入門を許可します”

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